予知保全をセンサー3種で実現し突発停止を7割減らした話
老朽化した加工設備の突発停止に悩まされていたある製造業の現場が、温度・振動・電流という3種類のセンサーデータで予知保全に取り組んだ一年の記録です。しきい値設定の失敗や誤報の山を乗り越え、突発停止時間を約7割削減するまでの道のりを、実務で使える判断基準とともにたどります。
深夜2時の電話から始まった一年
ある金属加工業の現場での話です。従業員約150名、稼働20年を超えるマシニングセンタや油圧プレスが主力設備で、保全担当は3名。ある冬の深夜2時、クーラントポンプのモーターが焼き付き、翌朝までに復旧できず主力ラインが丸一日停止しました。納期遅延の対応に追われた品質管理部門と、「また急に壊れた」と疲弊する保全チーム。月次の集計を取ってみると、突発停止による損失時間は月平均40時間前後に達していました。 保全の実態は、月1回の巡回点検と、ベテラン1名の「音と手触り」に頼る状態。そのベテランが2年後に定年を迎えることが分かり、設備保全課長が「感覚をデータに置き換えないと立ち行かなくなる」と経営に予知保全の検討を提案したのが、この物語の始まりでした。
予知保全のセンサー選びでつまずいた最初の3か月
最初の判断は「どの設備に、どのセンサーを付けるか」でした。全設備への一斉導入は予算的に不可能です。そこでチームは過去2年分の故障記録を洗い直し、次の2軸で対象を絞り込みました。
- 停止したときの影響が大きい設備か(後工程が止まる、代替機がない)
- 故障モードが「徐々に進行する劣化」か(ベアリング摩耗、絶縁劣化など)
この基準で、クーラントポンプ、主軸モーター、油圧ユニットの3系統・計8点に対象を絞りました。突発的に壊れる電子基板のような故障は、予兆が出にくいため最初から対象外としたのが、後から振り返ると重要な判断でした。
振動センサーだけで始めて気づいた限界
当初は「回転機の予兆といえば振動」という定石どおり、加速度センサーのみで開始しました。10分間隔でRMS値(振動の実効値)を記録し、ISO 10816の振動評価基準を参考にしきい値を設定。ところが2か月運用してみると、想定外の壁にぶつかります。
- 加工内容や負荷によって振動レベルが日常的に2〜3倍変動し、固定しきい値では誤報が週10件以上発生した
- 油圧ユニットの作動油劣化のように、振動にはほとんど表れない劣化を見逃した
誤報が続くと現場は通知を見なくなります。実際、3か月目には保全メンバーがアラートメールを開かなくなっていました。「センサーを付けること」と「使える予知保全になること」の間には、大きな距離があったのです。
温度と電流を足して初めて見えた劣化の形
転機は、外部の勉強会で聞いた「振動・温度・電流は互いの死角を補う関係にある」という一言でした。チームは追加投資を最小限に抑えつつ、既設の分電盤にCTクランプ(電流センサー)を、軸受とモーター表面に熱電対を追加しました。それぞれのデータが得意とする故障モードは、実際に運用してみると明確に分かれていました。
- 振動: ベアリング摩耗、ミスアライメント、回転体のアンバランス
- 温度: 潤滑不良、冷却系の詰まり、過負荷の継続
- 電流: モーターの絶縁劣化、負荷側の詰まりや引きずり、ベルトのスリップ
固定しきい値をやめ、「正常な自分」との比較へ
誤報問題への対策として、チームはしきい値の考え方を根本から変えました。カタログ値や規格値との比較ではなく、設備ごと・運転条件ごとの「正常時の自分」との比較に切り替えたのです。具体的には次の手順です。
- まず2〜3か月、アラートを出さずにデータを貯め、負荷条件別の正常範囲(平均±3σ)を把握する
- 電流値で運転状態(アイドル・軽負荷・高負荷)を自動判別し、状態ごとに振動・温度の基準を分ける
- 単発の超過では通知せず、「基準超過が30分以上継続」または「1週間の移動平均が上昇トレンド」で通知する
この変更で誤報は週10件超から月2〜3件まで減り、現場が再びアラートを信頼するようになりました。予知保全の成否を分けたのは、アルゴリズムの高度さではなく「誤報を出さない設計」だったと、保全課長は振り返っています。
初めて故障を「予約」できた日
運用8か月目、主軸モーターの振動RMS値が3週間かけてじわじわと上昇し、同時に軸受温度が正常時より約8℃高い状態が続きました。電流値に変化はなし。「負荷側ではなくベアリング系の劣化」と当たりを付けて分解したところ、外輪に初期のフレーキング(剥離)が見つかりました。次の計画停止日に部品交換を組み込み、生産への影響はゼロ。突発停止なら丸1日・約200万円の損失になっていた事象を、2時間の計画作業で済ませられた最初の成功体験でした。 この経験から、故障モードごとに「予兆が出てから故障に至るまでの猶予」が大きく違うことも分かってきました。猶予が長いものほど計画保全に載せやすく、監視の優先度を判断する材料になります。
一年後、数字に表れた変化
3種のセンサーと運用ルールが揃ってからの半年で、突発停止時間は目に見えて減っていきました。導入前に月平均40時間前後だった突発停止は、一年後には月11〜12時間まで減少。約7割の削減です。金額換算では年間およそ1,800万円の損失回避となり、センサー・計測機器・ダッシュボード構築を含む初期投資約400万円は、半年強で回収できた計算になりました。
数字以外の変化も大きなものでした。ベテランの「この音は怪しい」という感覚が、「振動RMSが平常比1.5倍を超えたら分解点検」という誰でも使える基準に置き換わり、若手2名が一次判断を担えるようになりました。属人化の解消こそが、この取り組みの最大の成果だったのかもしれません。
この事例から持ち帰れること
この現場の一年を、実務に適用できる判断基準として整理すると次のとおりです。
- 対象設備は「停止影響の大きさ×劣化が徐々に進行するか」の2軸で絞る。全設備一斉は失敗のもと
- センサーは1種類で完結させない。振動・温度・電流は死角を補い合う組み合わせと考える
- 最初の2〜3か月はアラートを出さず、正常データの蓄積に徹する
- 固定しきい値ではなく、運転条件別の正常範囲との比較と、継続時間・トレンドの条件を組み合わせる
- 誤報は月数件以内に抑える。誤報の多いシステムは確実に使われなくなる
予知保全のセンサー導入は、機器を付けた瞬間ではなく、現場がアラートを信頼して動けるようになった瞬間に初めて価値を生みます。まずは1〜2系統の重要設備で小さく始め、正常データの蓄積と誤報のチューニングというサイクルを回すこと。それが、遠回りに見えて最も確実な道のりです。もし社内にデータ分析の経験者がいない場合は、対象設備の絞り込みと検証設計の段階だけでも外部の知見を借り、短期間で効果を見極めてから本格展開する進め方が、投資リスクを最小化する現実的な選択肢になります。
